2015年8月14日金曜日

ゲストハウスiori初のヘルパー!

二日前から台湾出身のSandyがヘルパーとしてioriに滞在してくれています。

英語、中国語、日本語が喋れて、性格も良くて、本当嬉しい限り。中国語サイトにグーグル翻訳と辞書で調べた中国語で投稿したので、ちゃんと伝わるか心配だったけど募集をかけてから2週間でヘルパーが決まりました。

ヘルパーという制度は、宿に無料で泊まらせてもらうかわりに掃除やチェックイン業務等を無償で提供してもらうというもの。

掃除やチェックイン業務自体は難しいものではないけれど、仕事に集中できるのと、スタッフの休息時間が増えるのでとても本当に助かります。

何より職場に多様性と新たな繋がりが生まれることが嬉しいです。周りに何もない田舎の宿でも国際的な環境を維持出来るのはめちゃ面白い!しかも台湾の映画上映会、週一中国語レッスンを企画してくれるらしく、楽しみが増えました。

Sandyに加えて、HIDAIIYOが提案して実現した吉城の郷内のシェアハウスも満室になり、毎晩ioriのリビングは賑やかです。

今後色んな国籍のヘルパーを受け入れたいと思います。もちろん、日本人ヘルパーも募集していますので、興味のある方はご連絡お待ちしております!

連絡先は以下のホームページのEmailアドレスまでお願いします★

ゲストハウスiori: http://guesthouse-iori.com/


やっと全員集合

Sandy歓迎Party


けいちゃん

カツオのたたき

宿儺かぼちゃ
外国人ゲストと一緒に一本締め!

2015年5月21日木曜日

ケンブリッジMBA卒業生の活躍

最近ケンブリッジMBA卒業生の活躍する記事が立て続けにリリースされていたのでご紹介します!個人的にもいつか必ず会って話を聞きたいお二人!

一人目は岡部恭英さん。UEFAチャンピオンリーグの代理店TEAMマーケティングのTV放映権&スポンサーシップ営業 アジア&中東・北アフリカ地区統括責任者で唯一のアジア人。
自分のMBAの同期でスポーツビジネスに興味のある学生の間ではDream jobを掴んだ日本男児として話題になっていました。
https://newspicks.com/news/971834?ref=sports


  (写真は記事より抜粋)



二人目は山田司朗さん。日本発のクラフトビールで世界展開を目指を目指すべく日本クラフトビール株式会社を設立。なんとあのコブラビールの会長の講演がきっかけとのこと!(ご参照:http://iiyoiiyoiiyo.blogspot.co.uk/2015/02/centre-for-entrepreneurial-learning.html
今年も彼が講演してくれていたので共感できるのが嬉しい!

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/43335



  (写真は記事より抜粋)


いいなー!

2015年5月15日金曜日

Strategic Brand Management / Camera. Reinvented.


昨日のStrategic Brand Managementの授業で、世界的に活躍するPR agencyの方から広告の観点からブランドマネジメントに関する講義を受けたんだけど、彼は、

「ほとんどの人は君のプロダクトやBrandに興味なんてもっていない」

「BrandにEmotional tieを持っている人はそんなに多くない」、

0.5%の人がFB上でBrandについて投稿している

「誰も有料広告なんて見ない」

「ほんの一握りの心を動かれた人とほとんどのBrandsを気にせず買う人たちで十分収益が上がるので、広告に莫大な費用をかけ続けるのだ」

「それをやめてしまったら消費者にBrandを思い出してもらえないので止められないのだ」

と研究や本をもとにばさばさ一般的に信じられていることを切り捨てていったあとで、


"So what should we do about this? Just move people."



とにかく消費者を感動させろ!と一言。


それが出来れば苦労せんやろ!とクラスの誰もが突っ込んだと思うけれど、だからPR agencyとかCreativeが必要なんだということか。。。


なかなか難しいね~と思った矢先、今日心を動かされてしまった。

このベンチャーの動画がかっこよすぎる!プロダクトとConcept "Camera. Reinvented."がそもそも素晴らしいので車や消費財のコマーシャルとかとは違うけれど、心を動かされてしまった。



このMovieはLily Cameraを使って出来ることやそれによって得られる喜びが良く伝わってきて、今後旅ジョブとioriで作るMovieにも参考になった。

それにしてもこれ欲しいけどお金が、、、、

よし!タダでちょうだい!とメールをしてみよう。Time To Be Creative。




2015年5月4日月曜日

Wealth Inequality in America

MBAの授業で気に入っていることの一つに世界中で見られていて評価されている動画を教授が紹介してくれること。授業をより楽しくするために動画を有効活用する努力をしているのを感じる。

色々みたけれど今回はMacro Economicsの授業で見た動画を紹介したい。

この動画は、アメリカにおける富の分配について、人々のPerceptionと実際の数字をInfographicsを使いながら比較することで、とても興味深い内容になっている。

良い切り口とInfographics及び動画の組み合わせは、メッセージを伝えるには効果絶大であることを実感!

クラスのアメリカ人も、「いや、わかっていたけどまじか!結構ショック!」といいう反応を示していたのも印象的だった。






2015年4月25日土曜日

旅ジョブ特集@名古屋テレビ


サービス開始からわずか半年で旅ジョブがテレビデビューしました!

今回は名古屋テレビのUP!に取材をして頂き、なんと18時から5分弱!

取材自体は8時間にも及びましたが、コンパクトに分かりやすく編集して頂いていました!

こちらからPRしていないにも関わらず取材して頂き感謝するとともに、飛騨地域を中心に徐々に知名度が上がって来ているのを実感。










引続き頑張ります!

2015年4月21日火曜日

古川祭りとケンブリッジと僕

4月19日。

9年ぶりに古川祭りのお越し太鼓に出た。
僕には今回の祭りには特別な思いがあった。
小さい頃から祭りの前は毎晩笛の練習で、当日は屋台に乗って笛を吹いた。青龍台を担当する殿町の子供達はみんな参加した。



(屋台)


昼間は大泣きして獅子から逃げ、夜は家族でさらし姿の父親を見送り、起こし太鼓が通るのを時には下から見上げ、時には家の二階から見たりして育った。


(獅子舞)

















(太鼓の上に乗れるのは古川人でも一生に一度。親父も乗った。)



























そのせいか祭りの音が耳に入ると自然と心がそわそわしてワクワクしてくる。自分の心に染み付いた祭りのリズムが何歳になっても蘇ってくる。

ずっと出たいと思っていた古川祭りに僕が初めて出たのは就職が決まった大学四年生の時。やっと出れると楽しみにしていたけど、終わった後に少し虚しさが残った。

そん時思ったのは、
「この祭りは、地元の人々による地元の人々のための祭りやな」
ということ。
飛騨で暮らして飛騨の長い冬に耐え、祭を長期間準備したからこそ、楽しいんやろーなってすげー伝わってきた。
高校卒業後地元を離れて、これから社会人として東京で一旗挙げよう!と思っていた僕が当日ひょこっと来たわけで、付け太鼓や初めてのとんぼは楽しかったけれど、胸の奥に少し違和感を感じてしまった。


(付け太鼓。まじで死ぬかもと思う瞬間が3回ぐらいある。。。)






















たぶんこの時は自分のことを古川人と言い切れなかったんだとおもう。



そしてこの初めての付け太鼓の後ある決心をした。



それは、


「飛騨に戻って飛騨で暮らすようになるまでは、もう古川祭りには出ない」


ということ。

地元に戻って心から楽しめるようになるまではもう出たくなかった。



その後、一度だけ昔付き合っていた彼女を祭に連れてったことがある。その時はただ見るだけで、太鼓の音、ツレの姿がやたら心に響いた。

「俺このまま祭り出ずに終わる可能性もあるにけよ、そんでもいーんか?」
「古川に生まれたからには祭り出てー!一番上のりてー!」
と自問自答したのを覚えている。
でも大学一年時からぜってー地元帰るって言っとったのにいつになるかわからなんし、100%自信がなかった。もどかしかった。

月日は流れもう祭には出ないと誓ってから、ちょうど8年後の春。色んなタイミングと仲間にめぐまれて地元に帰ることができた。


住民票を移し、二つの事業を仲間と飛騨古川で始めた。その半年後ケンブリッジ大学に留学した。

飛騨を拠点にしていて、たまたま一年間はイギリスにいるという状況であって、僕の中では昨年が古川やんちゃとしての再スタートだった。
祭の準備には関われなくても、飛騨で生きる覚悟を決めて拠点を移した今の自分なら、今の気持ちなら、きっと楽しめると思った。
だから9年ぶりの古川祭りにはどうしても出たかった。

祭りに出るためには、大学のプログラムであるグローバルコンサルティングプロジェクト期間中に日本に戻る必要があった。日本企業は大学が提供してくれないので、自ら交渉して調達する必要があった。

プロジェクトも前倒しで終わらせ、同期とのJapan Tripも祭前に終わらせる必要があった。出来れば母親の誕生日に古川に戻れると完璧やなと思ったけど、ここは同期の予定に合わせようと思っていた。
結果として、星野リゾート社とのプロジェクトが決まり、優秀なメンバーと前倒しで取り組んだため同期最速でプロジェクトが終わった。
チームメンバーも結婚式の予定があったり、家族をイギリスに残している等で早めに日本から旅立ったため、ちょうど母親の誕生日に飛騨に戻ってこれた。

そして奇跡的にケンブリッジ在学中にお越し太鼓に太鼓縛りや前夜祭から参加できた!


正直こうなるとはおもってなかったけど、振り返ると全てが完璧なタイミングで繋がった!


肝心の祭の感想やけど、でーれやべー!楽しかった!


青龍台には小さい頃から一緒だった先輩や後輩がたくさんいたし、町に繰り出せば同級生に会ってテンション上がるし、古川を離れていた12年がまるでなかったかのような気さえした。

一方で、一緒にスケボーやっとった後輩はもう10年選手で現場を仕切る程になっていたり、時の流れを感じることもたくさんあった。

英国からいきなり古川祭に来た自分の目には、全てがより新鮮に写った。


品格ある古い町並み、寺と満開の夜桜、お越し太鼓と付け太鼓の組み合わせは、本当に日本的で美しく神秘的に見えた。



















付け太鼓の上からとんぼをしながら見下ろす観光客とカメラのフラッシュの連続は、幻想的な空間をスローモーションで回っている、映画のワンシーンの様な光景に感じた。



(とんぼと呼ばれるパフォーマンス。まじで危ないw)


















そして、全て終わった後に感じたことは、9年前と全く同じこと。

「この祭りは、地元の人々による地元の人々のための祭りやな」
ということ。

それから、

「古川に生まれて良かった。古川に戻ってきて良かった。」
ということ。

当日まで祭りをつくりあげた方々に感謝です。

来年からは準備から頑張ってもっと楽しんでいきます!


まだまだ知らないことも多いし、毎年出ると違うのかも知れないけれど、少なくともいまはこんな感じです。


授業もいくつかで出れんかったし、左足の親指の爪ももってかれたけど、いよー!


2015年3月11日水曜日

あれから4年

東日本大震災からもう4年。時間は合わせられなかったけれど、黙祷を捧げました。お亡くなりになった方々のご冥福を心よりお祈り致します。


自分はボランティアにも行って活動していたのに、情けないことに日々に追われて東北の事を考えることが正直全く出来ていなかった。

今日Newsで見た宮城県代表の方の言葉に強く心を動かされたし、被災した方々にとってはこの4年間は僕には想像も出来ないものだった。

自分の事で精一杯になってしまいがちだけど、今日読んだ記事やYahooのキャンペーンのおかげで、当時を思い出し、一度立ち止まって考えることが出来たことに感謝します。



それからあの震災が起きた時、居ても立ってもいられなくなり、様々な活動をしたのを思い出した。


ボランティア活動をしたこと、観光協会と地元企業の協力を得てさるぼぼと味噌せんべいを幼馴染と一緒に避難所に配りに行ったこと、その時見て感じたこと。


そして、さるぼぼプロジェクトの帰り道、幼馴染と車の中で、色々な話をしたこと。


一つは、「やりたくねーことやってる暇はねーな」ということ。人生いつ何が起こるかわからない。もう一度海外に行くことや、地元に早く帰ろうという思いに繋がった。


もう一つは、地元への思いが強くなり、「俺らも地元で出来ることなんかやろーぜ」と言って話が出たゲストハウス事業。これが昨年オープンしたゲストハウスioriに繋がった。


そして最後は、「10年後にまた三人で戻って来ようぜ」という話。それまで後6年、自分には何が出来るだろうか。

6年後東北ではどんな光景が待っているだろうか。

そして、その時の帰りの車の中ではどんな話をしているのだろうか。